私の中のブラジル
Author : tomato | 2008.10.16
このサイトのトップページに張ってある写真を見て、「なぜこれなの?」という質問をされることがあります。
その質問をした人からすると"馬を引いているおじさん"では、あまりブラジルらしくないというということなのでしょう。
でも、この写真の景色こそ子供の時から見続けてきた、私が思い浮かべるブラジルのイメージそのものなんです。
多くの人にとって、ブラジルというとサッカー、サンバ、コーヒー、アマゾン、凶悪犯罪等、何かと派手で強烈でバイオレンスなイメージをもたれているようですが、私はこういったものの殆どと無関係に生活していました。
ブラジルの都会もあまり知りません。一番なじみのある都会は時々記事に出てくるパラナ州クリチーバくらいのもので、サンパウロはたまに通り過ぎるだけ、リオデジャネイロには行ったことさえありません。
当然リオのカーニバルなど別世界の話です。
以前「ジャングルから都会へ」という記事にも書きましたが、ブラジルの田舎の開拓村に生まれた私は、初めて電気を見たのが10歳の時、それまでは石油ランプを使っていたので、夜が突然明るくなったような気がしました。
靴は1足しかなく、履くのは学校へ行くときだけ。その学校は歩いて1時間半のところにありました。
冷蔵庫を見たのは中学生になってからで、始めのうちは意味がわかりませんでした。
近所の友達は家が離れていたので、遊び相手は妹と父が育てていた子豚。
私の記憶の中、初めての料理は自分で捕まえてさばいたトカゲのフライ。
いろんなアクシデントもありました。
飼っていた犬が銃で撃たれて殺されたり、ひよこの時から可愛がっていた鶏が学校から帰るとフライドチキンになっていたり、台風で家の屋根が無くなってしまったり・・・。
それでも今考えると私は幸せでした。物は無くても豊かな生活でした。
そんなブラジルも現在、世界情勢の変化とは無縁ではなく、経済の発展、それに伴う経済格差の拡大、伝統的価値観の崩壊など、社会に大きな変化が起きています。
社会が混乱しているのは相変わらずですが、どんどん時間の流れが速くなっているような気がします。
のどかでゆったりした生活が失われ、治安も悪化し住みにくい社会になったという声も聞きます。
今すぐにという訳には行きませんが、いずれ私もブラジルに帰る機会があるでしょう。
その時ブラジル社会の大きな変化に驚き、戸惑うことになると思います。
新しいブラジルへの好奇心、希望、失われたものへの悲しみが複雑に入り混じりながら。
それでも私の中にあるブラジルは変わらない。
どこか薄汚れているけれど、人も生活ものんびりしていて素朴で、木々の緑と空の青、赤茶色の大地がどこまでも続いている景色、それが私の中にあるブラジルなのです。
※日本語協力:Mango大先生

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