私家版 伯剌西爾(ブラジル)移民史 第2回
Author : tomato | 2008.08.12
前回から引き続き、父が書いてくれたブラジル移民の歴史をアップします。
今回は「笠戸丸移民(2)」と題して、サントス港に上陸したばかりの日本人を見たブラジル人ジャーナリストの記録を中心にまとめてあります。
その当時の日本人がブラジル人の目にどのように映ったかを、このジャーナリストの手記から知る事が出来ます。そして、当時ブラジル人が持った日本人に対する印象が、今でもあまり変わることなく続いていることに驚かされました。
それでは前置きはこれくらいにして、「笠戸丸移民(2)」を御覧ください。
移民の上陸が始まったのは翌日19日の午前7時からで、彼らは日の丸とブラジルの黄緑の小旗を手にして下船した。
この時の上陸光景はコレイオ・パウリスターノ紙の記者が発表した記事が参考になった。
(1908年6月25日第一面記事筆者はJ・マンディオ・ソブラール)
『初めて見る日本人は、いったいどんな服装をしているだろうか。
まず、ブラジル人はそう思ったに違いない。でも彼らは男女とも全て洋服であった』と書いてある。
『男たちは中折れ帽子か鳥打ち帽子をかぶり、女たちはワンピースを着てベルトをしめ、ごく簡単な婦人帽をゴムひもで頭にかけ、ピンの飾りをしていた。』
『その髪かたちは、かつて日本画で見たものを思い出せるが、あの絵にあったような大きなカンザシ(グランポス・コロサーイス)はつけていなかった。』(浮世絵の美人画でも思い出したのではないか?)
『男女とも安価な靴(ゴム長・編み上げ・短靴)をはいていて底には鉄のビョウが打ってあった。』そして全ての人が靴下をはいていることに注目している。
『男たちの中の幾人かは戦争(日清戦争1894年と日露戦争1904年)に行った者で、その胸に勲章を下げていた。彼らの一人はメダルを5つもさげていたが、そのひとつは金で戦功によって与えられたものであった。』
さらにこの記者は日本人の持ち物にひどく感銘を受けたようだ。
『多くの人が絹の小旗を持っていて、塗りのある細い竹の棒の先には黄色い金属の玉がついていた。この旗は対をなしていて、一つは白地の中央に赤い丸があり他のは黄緑で、日本とブラジルの国旗であった。』
『これはわざわざわれわれを喜ばせるために持ってきたものであった。なんと上品な心づかい!尊い教育のたまものであろう。』(東洋の絹で作ったブラジル国旗に対する記者の感激が思いやられる)
『彼らのヨーロッパ式衣服はみな日本で購入したものであった。そして、それらは日本人の大工場で仕立てられたものであった。移民たちは自分の金で衣服を購入したのであったから、清潔な新品で気持のいい印象を与えた。女たちは木綿の白い手袋をしていた。』
以上はソブラール記者による、笠戸丸の人たちが初めてブラジルの地に下りてきたリポートだが、おそらく南ヨーロッパ移民と比べている。
気の毒はほどよごれつかれてやってくる移民と手袋までしてくる日本移民の服装には驚きの目を見はったに違いない。
次回は「移民収容所生活(1)」をアップします。


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