移民98年記念
Author : tomato | 2006.06.18
6月18日は、移民の日と言われています。今年、98年記念を迎えることになりました。
98年前、初めてブラジル移民の船「笠戸丸」が800人弱の日本人を乗せてブラジルへ出発。
40日間海を渡ってたどり着いたのが、サンパウロの港サントスへ。
1960年、両親もブラジルへ渡ることになりました。当時横浜の港から
「アメリカ丸」に乗ってブラジルへ出発。希望と夢を持って40日間
海を越えることになりました。
ブラジルへ来る途中、パナマ運河へ止まり、船から下りる許可がでたので、早速港を散歩することにしたようです。港で市場が出ていたので、見ることにブラブラ。そこで、当時日本で金の果物と言われるくらいのバナナが
房ごとどっさりと売っていたのです。安い値段に引かれ、父は房ごと
買って船へ戻ったようです。
サンパウロの港、サントスへ着いて、すぐ奥地のコーヒー農園へ仕事に
行きました。数年後、パラナ州へ移り野菜畑を手にしました。
今年、両親が移民して46年たちました。その間の12年間は日本へ帰国して暮らしていましたが、5年前またブラジルへ帰り子供と孫に囲まれて過ごしています。
両親にとって、ブラジルは苦労して手に入れた財産、家族、友達とブラジル人の暖かい受け入れが幸せの源だと言っています。
移民の話はさまざまあります。成功した人失敗した人。その中で一人一人が精一杯頑張ったことには変わりません。
現在、ブラジルの逆移民といわれていますが、時代や抱える問題も昔と違います。でも、一つだけ変わらないのは夢と希望を持って国を出たことと故郷に対する思い出だと感じています。
残念ながら、両親が移民した当時の写真は全部ブラジルにありますので、
ブログにアップすることができません。
手に入り次第載せますね(u_u,)゙ sory...


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コメント / Comentário[2]
たまたま、Fabioのブログでも
18日に移民98年をアップしてました。
1960年、ファビオが生まれた年です。
数年後東京オリンピック。
ファビオは始めてテレビを知りました。
記憶に残っています。
ご両親。色々ご苦労と喜びが、おありでしたでしょうね。
本当に大変でしたでしょうね。
ファビオ。
No.345 Posted by FABIO at 2006年6月20日 22:21 | 返信
Fabio さん
ファビオさんは、私の兄と同じ年に生まれています(^^)
1964年、東京オリンピックのときは、すぐ上の兄が生まれた年です。ブラジルはその当時テレビが普及していませんでしたので、両親はやることなかったのと思います(笑)
移民した人皆苦労されたと思います。正直言って、私もはっきりと両親が移民した話知らないのです(--;)
No.346 Posted by tomato at 2006年6月21日 00:37 | 返信
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